栃木県足利市は15万都市で県4位の街

栃木県の南東に「足利市」という地方都市があります。人口15万人ほどですが、栃木県では第4位の街です。15万人で4位って小さい県ですね。ちなみに栃木県全体の人口は約200万人、街別では1位が宇都宮市で50万人以上、2位3位4位が団子状態で約15万人になっています。宇都宮市への一極集中がよくわかります。そんな足利市ですが、室町時代の足利将軍と名前が同じということで室町時代と関係が深かったり、将軍家の出身地なんてイメージが少しあります(ないかな?)。しかし実際に調べてみると、全く関係ないとはまではいきませんが、あんまり深い関係とは言え無いみたいです。

 

足利尊氏は足利市とは直接は関係なかった?

確かに足利市はその地名の由来にもなったように足利という武将がおさめていました。しかしそれは遠く平安時代における源姓足利氏と藤原姓足利氏であり、室町時代よりも数百年も前の話になります。その後平安時代末期に源頼朝の縁戚として鎌倉幕府創設に深く関わった足利義兼が有力御家人となって街が発展したのは事実ですが、この足利義兼は知らない人も多いように足利尊氏から遡って(足利家)7代前のご先祖様になります。そう同じ足利性ではありますが、時代が全然違うのです。むしろ後の室町幕府よりも、創建に関わった鎌倉幕府との関係のほうが深かったと判断できそうです。

 

足利尊氏は足利市に来たことがない?

将軍となった足利義兼の7代後の子孫である足利尊氏はそもそも丹波国(京都)で生まれて鎌倉で育ち、その後将軍となってからはご存知のようにずっと京都にいました。足利市には来ていません。実際にはご先祖の土地ということで思い入れはあったのかもしれませんが、足利市へ訪問したという記録などはないようです。ようは同じ姓だけど、足利尊氏にとって足利市というのは7代前、年月にすると100年以上前のご先祖が住んでいた土地ということになります。自分に置き換えてみて、自分の100年前の先祖が住んでいた土地を故郷と呼べるかどうかを考えると、正直微妙ですね。由緒正しい家であればその家柄を重視するのかもしれませんが、普通の人はあまり気にしないのではないですかね。まぁ当の足利尊氏は足利市を足利発祥の地として重要視していたことは確かであり、当時の足利市は将軍直轄領として特別視しており、将軍家から足利の社寺への寄進等も行われてはいました。それでも実際には行くほどではなかったという程度の認識だったのかもしれません。

 

足利氏の系譜

まぁそんな感じなので今の足利市にある足利尊氏関連資料というのは昔からあるものではなく、最近「足利」つながりで観光を盛り上げようと作ったものが多いです。史跡足利学校は本来なら日本最古の学校と言われるべき歴史のある古き文化施設のはずですが、実際に行ってみると無茶苦茶新しい和室にきれいに作られた建物ばかりです。

 

足利市の街の風景

どこにでもありそうな地方の街と言った感じです。

 

史跡足利学校の風景

観光オススメ ★★★☆☆
絶景が見れる ★★☆☆☆
施設・トイレ ★★☆☆☆
食事処 ★☆☆☆☆
アクセス ★★★☆☆
駐車場 ★★★☆☆

この施設自体は足利学校は大正10年に国の史跡とされました。創設自体は日本で最も古い学校と言われています。 宣教師フランシスコ・ザビエルによって「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と紹介されたこともあり、室町時代には結構な盛況があったのかもしれません。

場所は足利市の中心道路沿いにあります。周りには堀があって直ぐ側には駐車場はありません。ただ道を挟んで反対側には大きめの市営駐車場が用意されておりお土産屋も併設されています。観光地化ということですね。道自体は交通量が結構あるため歩道橋を使って渡ったほうがいいです。

聖域化されているという話もあり、あの有名な日露戦争の連合軍総司令官:東郷平八郎の寄贈したものが植樹されています。

 

[基本情報]

■参観料(消費税込)
・一般 420円
・高校生 210円
※中学生以下、身体障がい者は無料
※スイカ(Suica)、パスモ(Pasmo)利用可能

■受付時間
・4月~9月:午前9時~午後4時30分
・10月~3月:午前9時~午後4時

■休館日
・第3月曜日(祝日・振替休日のときは翌日)
・11月10日・11日
・年末(12月29日~12月31日)
※管理上、やむを得ず休館することもあり

■連絡先
史跡足利学校事務所
栃木県足利市昌平町2338
TEL 0284-41-2655

 

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